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小説には、連続作品と一話完結作品があります。連続作品は、左「カテゴリ」の各作品名より一話から順番に読むことができます。また「目次」には、各作品の概要などをまとめた記事が集められています。

■連続作品
◆長編作品
「子宝混浴『湯けむ輪』~美肌効姦~」

◆中編作品
「青き山、揺れる」 ▼「師匠のお筆」
「大輪動会」(連載中)

短編作品
「ママの枕」  ▼「ブラック&ワイフ」
「夏のおばさん」  ▼「二回り三回り年下男」  ▼「兄と妻」

一話完結
「お昼寝おばさん」 ▼「上手くやりたい」  ▼「珍休さんと水あめ女」
「栗の花匂う人」  ▼「乳搾りの手コキ」 ▼「妻つき餅」
「いたずらの入り口」 ▼「学食のおばさん便器」  ▼「山姥今様」
「おしっこ、ついてきて。」

「師匠のお筆」6-5

『師匠のお筆』


6-5


――その瞬間、瑞夫の心臓は凍りついた。

先ほどまでの高揚感が、嘘のように引いていく。

彼は油断しすぎた。

ほんの三、四歩の距離に、相手はもう立っていたのである。

(はっ!)

振り向きざまに、瑞夫は眼を見開いた。

薄闇の中に、ぼやっと浮かび上がる白い顔。その顔が、首をかしげるようにして、そおっと瑞夫の手元を覗きこんでいた。

彼は恐怖した。それは、見つかったからの焦りではなく、純粋なる恐れだった。その瞬間、相手がこの世のものではない存在に思われたのである。

(わっ!)

気が動転した瑞夫は、思わず飛び上がって驚いた。いやもう本当に、文字通り飛び上がったのだ。

足を踏み変えるようにして地面を蹴り、手をばたつかせて虚空をつかむ。が、着地が上手くなかった。バランスを崩し、そのまま後ろへとひっくり返る。――いや、ひっくり返ってしまうところであった。

「あっ!」

瑞夫は、小さく叫んだ。その瞬間、彼は、壁に背中を打ち付けることも、地面に尻をつくこともなかった。

ただ、きつい香水の匂いに、鼻腔を占拠されただけである。

「しぃっ!」

白い顔が言う、唇の前に人差し指を立てて。

(女……?)

よく見れば女だ。その女の柔らかな腕が、頼もしくも迅速に、瑞夫の体を抱きとめていた。

すぐに女は窓の中を覗く。そして、瑞夫の方に向き直り、“OK”と指で合図してみせた。中には気付かれていない、という意味だろう。

彼女の立ち居振る舞いは、実に落ち着いたもので、とても変質者を前にした態度とは思われなかった。

(な、なんなんだ……?)

かろうじて女の機転は理解したものの、目まぐるしい状況の変化に、まったくついていけない瑞夫。パニックに陥った彼の頭脳は、もはや思考停止状態だった。

(どうしたらいいんだ……どうしたらいいんだ……)

彼は微動だにせず、ただまじまじと彼女の顔ばかり見つめていた。密着していたために、相手の顔は息が吹きかかりそうなほどの至近距離にある。

女は、ふっくらとした頬の丸顔に、ぼってりと厚ぼったい唇が特徴的だった。唇には真っ赤なルージュが引いてあり、油を塗ったようにその表面をテラテラ光らせている。

と、ふいにその角が吊り上がり、頬にえくぼが浮かんだ。

「ふふっ……」

女はほほ笑んでいた。それに合わせて、目尻のしわが濃くなる。

普段からよく笑うのか、そこには放射状の線がいくつも刻まれていた。彼女の年齢を感じさせる線だった。そんなこと通常なら気にならないのだろうが、こうして近くで見ると、相手の肌の質感などまでよく分かるものである。

(わ、笑ってる……?)

相手は別に笑っていたわけではないのかもしれない。顔立ちが明るいために、普段からほほ笑んでいるように見えやすいのだとも考えられた。

ただいずれにせよ、心落ち着かぬ瑞夫の目には、奇妙で不敵な笑みに映ったのは事実だ。

(一体何者なのか……?)

彼女の表情は自信に満ちて見えた。またその福々しい顔つきから推して、何不自由ない裕福な家庭の夫人か、あるいは彼女自身会社を経営するオーナーか、などと瑞夫は考えた。ある種の貫録まで感じられるのだった。

その推測が当たったかどうかは別として、しかし貫録だけはたっぷりに、ふいに彼女は瑞夫の腕を引っ張って言った。

「あっちでも」

言いながら、彼女は奥の方を指す。

唐突なことで、瑞夫には何のことか見当が付かない。というより、いまだ現実に戸惑っていて、頭が整理しきれていないのである。

しかし、そんな彼にはお構いなしに、彼女は強引に彼の腕を引いて歩きだした。今いた場所を離れ、壁伝いに移動していくこと数歩。そうして、行き着いたのは、これまた窓の前であった。

ただ、今度の窓はさっきよりもやや高い位置にあった。同じ階なのに、さきほどの部屋のよりもこちらの窓の方が高い所にあるのだ。

「ほら、聞いて」

女は、背伸びしながら窓の中を示した。彼女の背では、窓の底辺にも目が届かない。

一方、瑞夫の身長でも、顎を窓枠につけるのがやっとだった。その窓は閉め切ってあり、おまけに中を見通せない濁った材質のガラスをはめてあった。それでも彼は中をうかがいつつ、言われた通りに耳をすましてみる。

(あっ……!)

ほんのわずか、ほんのわずかながら、声が聞こえた。それも、先ほどまで聞いていたのと同じ傾向の声である。

(ひょっとして?)

そんな目で瑞夫は女を振り返った。意外な展開に直面し、一時的に絶望感から解放された気分だった。

女は瑞夫の目に、仔細ありげにうなずき返す。

「こっちでもシてるのよ」

ひそひそと彼女は言った。その顔は、他人の秘密は蜜の味と言わんばかりに、ニヤニヤと悪どそうに笑っていた。

「先生よ、ここの」

尋ねてもいない解説を、彼女は勝手にし始める。

「奥さんと……、あっ、奥さんって言っても、他人のよ」

女の語り口は、まるで近所の主婦が井戸端会議でしゃべっている様を想像させる、気さくな調子だった。

「それも……、生徒さんの……、お母さん!」

ここで女は一旦言葉を切った。相手のリアクションに期待しているらしい。

「お母さん?」

おうむ返しに瑞夫は聞いた。相手の巧みなペースに釣られて、反射的に発した言葉だった。

その時の彼は、相変わらず先行きの見えない不安から心ここにあらず、複雑な表情を浮かべていたのだが、その眉をひそめた様子が、結果的に女の期待に沿うものだったようで、

「そう! 保護者と、……ヤッてるのよ! 先生がよ?」

大いに気分を盛り上げて、彼女は言った。「ヤッてるのよ」と言う前には、壁を叩くようにして部屋の中を指し示し、口の横に手のひらを立ててみせるなど、身振り手振りまで交えた。

(先生? “枕必先生”……?)

少しずつ落ち着きを取り戻してきた瑞夫は、頭の隅の方で、漠然と以前妻の鈴美が口にした名前を思い出していた。

(そうか、枕必か)

もし今の女の話が本当だとすると、中には鈴美だっているかもしれない。

だがその時の彼は、そんなこと思いつきさえしなかった。彼の頭はまだ完全に冴え切っていなかったし、それに何より、妻が浮気するなどとは夢にも思わなかったのだ。

(鈴美にも教えてやらねば)

寝ぼけた頭で、瑞夫はそう考えていた。女の言う“先生”というのが、果たして枕必かどうかの確認もせず、半ば早とちり気味の判断である。そして、その的外れな思いつきに続き、彼は早くも別の疑問にとらわれていた。

(だが、どうやって伝えたものか……)

当然の問題だった。覗きをして得た情報だとは言えないし、そもそも、今の状況を打開しないことには、鈴美とそんな会話を交わすことすらままならないのである。

(いや……、どうにかなるかもしれない……)

彼は、目の前の女を見ていてふと思った。“近所のおばちゃん”といった風の女のしゃべりを聞いているうち、彼にはいつしか、ある期待感が生まれていたのだ。それにともなって、気持ちも段々と落ち着いてきていた。

(このフレンドリーな女に調子を合わせていれば、なんとかやり過ごせるのではないか)
(ひょっとしたらアレは見られていないのではないか)

そんな甘い考えも生まれてきた。と、そこまで考えて彼は気が付いた。

(はっ! しまった、そうだ!)

彼は、さりげなく股間に触れた。いつの間にかしぼんではいたが、まだソレは出しっぱなしになっていたのである。瑞夫は、女の顔を見詰めたまま、何気ない風でジッパーを上げようとした。

が、その時、思いもかけないことが起こった。女が、瑞夫の企みを知ってか知らずか、彼が行動に移るのとほとんど同時に、彼の手に自分の手を重ねてきたのである。おまけに、女は唐突に質問まで投げかけてきた。

「ねえ、見える?」

彼の手の甲をさすりながら、彼女は言った。

「え?」

瑞夫はぎょっとしていた。固まったままで動けない。質問の意味も分からない。

「中の様子」

「ああ、い、いえ……」

瑞夫はやっとこさ答えた。中の様子が見えようと見えまいと、今さらどっちでもよかった。彼にとっての今の関心事は、彼女の真意、その一点のみなのである。

(ただのおばちゃんではない……)

そう思い直した瞬間、恐怖が新たになる。一度淡い期待を抱いた分、余計にショックだった。

「すごいわよね、ここ」

そんな彼の恐怖も知らず、女は、瑞夫の耳に唇を近付けてささやく。

「この中で、二組もセックスしてる」

「ええ……」

消え入りそうな声で、瑞夫は答えた。今はもう、生殺与奪の権利を彼女に握られたがごとく、相手の出方をじっと待つばかり。

(いっそ、ひと思いに責めてくれれば)

どうせ捕まるなら、と、そうも考えた。だが、わざとらしくここまで引っ張ってきたのには、何か特別な意図がありそうにも思えた。

果たして、女は意味深長なことを言いだした。

「興奮しちゃうわよね、こんな所にいると……」

ため息混じりの声が、瑞夫の耳に吹きかかる。妙に官能的なその声は、耳から直接彼の脳髄を揺さぶった。それにつれ吐息の熱までが、耳から全身に広がっていくようである。やがてそれは、彼の股間にまで到達した。

すると、まるでそのタイミングを見すましたように、女の指が、ふわっとそこに触れる。

「ふふっ……」

今度は確実に、女は笑っていた。

「え……?」

瑞夫はわが目を疑った。だが、女は確かに股間に触れていた。しかも、肉竿をその手にくるみすらしだしたのだ。

「興奮……、しちゃうわよ、ねえ?」

これらの言動に接して、その時ようやく瑞夫は確信した。

(見られていたんだ、やっぱり……)

当然と言えば当然かもしれないが、自慰の場面はやはり押さえられていたのである。しかし、それならそれで、なおさら今の女の行動は理解できない。

と、女の胸が腕に当たる。まるで、自分から押し当ててくるようだ。

転びそうなのを助けられて以来、瑞夫の体はずっと彼女に支えられたままでいた。要するに、二人の体は常にくっついていたのだ。それなのに彼は、今ごろになって初めて、彼女が“女”だというのを意識しだしていた。

(何を考えているんだ!)

相手にも自分にも、同時に瑞夫は問いかけていた。

ふと、彼女の胸の谷間が視界に入る。彼女は、薄闇でも目立つ、何やらガチャガチャとした複雑な色と柄のブラウスらしき服を着ていたが、その襟がわずかに開いていて、その隙間から見えたのだった。

腕に当たる感触から言っても、その洋服のせり出し具合から言っても、かなり大きな乳房であるのは確かである。

(どういうことなんだ……!)

瑞夫は逡巡した。状況から察するに、誘われているようである。だが、そんなことがあろうとは、常識から言ってとても考えられない。

(試されているのか?)

そう考える方が自然な気がした。だが、もしそうだとしたら、今の彼にはとても説得力のある振り切り方はできなかったろう。なぜなら、女の手の中で、既に彼の陰茎はむくむくと棒状に成長していたのだから。

瑞夫は、改めて女のことをよく見た。彼の当初の見立てでは、自分の母親と肩を並べるほど、一般的に興味の対象とはなりえないはずの女であった。実際、街で彼女とすれ違っても、簡単に見過ごしていただろう。

少なくとも、彼の中では“熟女”に分類すべき女であって、そして、彼は通常熟女には興味がなかった。

(だって、おばちゃんじゃないか)

そう考えていた。“おばちゃん”とはセックスする気になれないと。

だから、もし彼女がそれを望んでいるのだとしたら、彼の弱味と引き換えにしてやろうとの魂胆なのだと、いつもの瑞夫なら穿って考えるところだった。

しかし、今の彼の感じ方は違っていた。彼女を、あさましい性欲の持ち主、とさげすむ気持ちになど微塵もなれなかった。

確かに、熟女ではあると思う。その認識は変わらない。

(思ったほど老けてはいなさそうだ)

とわずかに判断を修正はしたものの、やはり熟女熟女。少なくとも、瑞夫より年上であるのは確かであったから。

それなのに、彼女はかわいらしく見えた。思えば、瑞夫は、妻以外の人妻の顔を、こんなに近くで観察したことなどなかった。まるで新しい美に気づいた思いだ。彼女は、今や確実に、彼の目に“女”として映っていた。

何より、彼女は魅力的な肉体をしていたのだ!

(もういい! もうどうなってもいい!)

瑞夫はとうとう吹っ切れた。最初にあの窓を覗いた時の、あの積極果敢さを彼は取り戻していた。彼は、男の本能を遺憾なく発揮すべく、まっすぐに女の体に組み付いたのだった。


<つづく>




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